決して体格に恵まれているわけではなく、極端なパワー系のロッドに頼ることもない。それでも九頭竜川の瀬の大アユを平然と釣りこなしてしまう小澤剛さん。アユ釣りマガジン2021で坂本禎さんと島啓悟さんの対談でも話題となっていた圧巻の抜きの原点、ロッドの能力を限界まで引き出す技に迫った。
竿を極限まで曲げる抜きが一変してしまった理由とは
小澤剛さんがマスターズを連覇したとき、その抜きに驚いた人も少なくなかったのではないだろうか。
アタリが出ると同時に素早く竿を上流に回すようにしながら立て、竿尻を掛かりアユに向けて突き出すように思い切りタメて、良型をバンバン取り込んでいた。竿が折れてしまうのではないかと本気で心配してしまったほどだ。
ところが、同じ長良川でのマスターズ、2014年の全国決勝大会ではその姿が一変していた。もちろん安定した抜きであることに変わりはないのだが、掛かりアユが水面を切るまでの時間が少し長いように思えた。立てた竿の角度も以前ほどではなく、折れるのを心配するほど曲げ込んではいなかった。
いったい、何があったのだろうか? 剛さんにたずねてみると、あっさりその疑問は解決した。
「竿の調子に合わせて変えているんですよ」
以前のマスターズで使用していた竿は胴調子だったが、昨年は逆に胴に張りのある調子であった。つまりタメの効き加減の違いで抜き方を変えていたのだ。さらに竿尻を腰に当てて竿を立てる姿が見られたりと、それまでにはなかった特徴も見られた。もちろん剛さんのことだからきっと何か理由があってのことに間違いないだろう。
竿の調子に合わせた抜きとは一体どういうものなのか? 9月中旬の九頭竜川で竿を出しながらご本人に解説してもらった。
抜きに関する疑問をぶつけてみる
九頭竜川は鳴鹿堰堤を境に釣りの様相が大きく変わる。堰堤上流は激流の大アユ、下流は天然遡上主体の数釣りがメインだ。取材は両方でおこなったが、使ったロッドはプロトタイプのFW9m、H2・6のみ。
まず堰堤上流の超有名ポイント坂東島に入ったのだが、いくら水位が低めだったとはいえ、普通の感覚なら少し不安に感じてもおかしくはない竿のスペックだ。
「大丈夫でしょう」
そう言い残して剛さんは流れの中に入っていったのだが、結果はご想像通り、どちらのポイントも難なく釣りこなしてしまった。坂東島ではこれでもかと竿を曲げ倒して25cm級をキャッチしていたのだが、「僕の感じではまだ大丈夫です」とのたまった。
竿は曲げて立てる
問1、竿を素早く上流に回し込んで立てる理由は?
特に石の大きい川では(アユが掛かってから)水中糸が水に入っている長さは短いほうがいい。竿を寝かせてタメている人もいますけど、水中糸が石に擦るもんで…。だから魚をなるべく早く浮かせて、水の中に入っている水中糸を少なくすることは意識して練習した覚えがあります。確か32~35歳くらいだったかな。
魚のサイズによるけど、九頭竜川や矢作川の下流みたいなところでは、あまりシモ竿にすると立てたときに持って行かれちゃいますからね。そんなときは竿を寝かせてタメたまま2、3歩下りますけど。魚が小さけりゃ問題ないので、そのあたりは使い分けます。
(上流に回し込むのは)意識はあまりしてないけど、昔、少しでもカミに向けたほうがスムーズに竿が立つと思ったもんですから、そのイメージですね。いつも竿の2番くらいに負荷をかけた状態で立てたいと思っています。
細糸と小さいハリを使う人ほど、引っ張ると切れるかバレる(と思ってしまう)ので送りながら立てるんですね。けど、たとえば森岡達也さんや有岡只祐さんとか釣り慣れた人たちは、竿を曲げた状態から立てますよね。あれがコツなんです。だから早く2番、3番に負荷をかけるためにも、グッと。こらえてから立てる感じです。
時間はかけない
問2、アタリが出たらすぐに竿を立てるのか。
「あれ、掛かったのか?」と思って持って行かれちゃうこともありますし、そのときの集中力によるんですけど(笑)。基本的に大会中は集中しとるもんで(竿を立てるのは)早いと思います。
バラシ率を数えたこともあるけど、すぐに立てたからバレるというのは、瀬を釣っとる限りはあまり関係ないと思いますけどね。取り込み方もいろいろ試したけど、時間をかけるほうが逆にバレると思います。「なるべく」早く抜くというのがコツですが、考え方はそれぞれなんでね。
みんなが笑うんだけど、僕らが引き釣りをマネした矢作川の名手は全然引っ張らないんです。クセなのか長年やって身につけたものかは分からないけど、職漁師だから意味があるのだと思いますが…。兄貴もマネしとったけど、やらなくなっちゃいましたしね。
抜きの動作を完全解剖する
■それでは小澤流のベーシックな引き抜きの手順を、ひとつひとつ見ていこう。どちらかといえばタモは後で抜くことが多いようだ。動作は少なくて済むが、最初は少し難しいかもしれない。ちなみに剛さんは右利き。タモは水平に差すのではなく、背中に回していることが多い。
パワーを発揮する曲がりは調子で違う
問3、竿の調子によって抜きを変えるというのは、具体的にどういうことなのか。
竿によっていちばんパワーを発揮するところがあるんですよ、曲がりの支点の違いで。よく曲がる竿は(垂直以上に立てて)胴まで曲げてやることでパワーを発揮できる。
逆に胴に張りがある竿ほど、少し倒し気味にするほうがパワーを発揮できるんです。(よく曲がる竿と同じように立てて)タメようとすると糸が切れたり身切れを起こしたりしやすいけど、少し掛かりアユを流して抜くとブッ飛んできます。島(啓悟)くんなんかそうですね、竿がRS系(ソリッド穂先の先調子)が多いですし。きれいな弾道で飛ばしますね。
胴の硬さによって抜くときの竿の角度が変わるので、抜きを見ればその人がどんな竿を使っているのか分かりやすいです。親父にも抜きが変わったと言われたけど、それは竿に合わせてますからね。
竿を立てて抜けないなら、掛かりアユを流してみれば、止まって抜けてくるところがありますから、そこがその竿の抜きやすいところなんです。試してみるというか、それは意識してほしいですし「この竿はダメだ」とか思わずに、その竿に合わせた抜き方があるのでね。
釣り方は自分のクセを押し付けてもいいけど、抜き方に関しては竿のパワーがどこでいちばん発揮されるのかを考えてやればいいと思うんですけどね。
問4、竿を倒し気味にして抜くと、飛んでくるスピードが速くなりキャッチしくいことはないか。
キャッチする上で気をつけているのは、まず第一に掛かりアユを見ること。オトリは無視くらいで(笑)。
第二は、よほど型がよくない限りは、キャッチする前に竿尻を落とす。高橋祐次くんもよくやるけど、少し“抜いて”やるとスピードは落ちますね、アユが(オトリも含めて)まとまるというか。風とかあればできんこともありますけどね。
返し抜きですか? たまにはしますよ。どうしても持って行かれちゃったときや、これ以上下りたくないときには。僕は返して着水させるというよりは、竿をひねらないように突き上げるだけで、ブラーンと上流に行かせておいて戻ってくるやつを受けます。
問5、竿尻を腰に当てて立てることがあるのはどうしてなのか。
あれは意識してやってます。もう無意識でできるようになってきましたけど、流れが速い、特に九頭竜みたいな川だとアユがデカいと片手で(竿を支えながらタモを抜いて)受けられない。竿を立ててタモを用意するまでの時間のために、竿尻を当ててるんです。バランスを取るために。
じゃないと、大きいのが掛かったりしたときには、しんどいですよね。クセで普通にやっちゃうと、ギューッと竿が絞られてタモが抜けなくなることがある(笑)。それを島くんにえらい言われてね…。
荒い川というか、立ち込みのときというか、片手でこらえられない場合ですね。腰を使ってタメておいてタモを構える。長良だと流れの緩いところで止めておけるけど、こっちだと押されっぱなしだもんね。
大アユの抜き
激流で頭脳戦を
ーー最後にたずねてみた。いくら取り込めても、立ち込み勝負では悔しい思いをすることはないか、と。答えはいかにも剛さんらしかった。
僕は島くんとほぼ体格が一緒なんですよ、身長168cmで体重も同じくらい。島くんは子供の頃からやっているので少し違うとはいえ、まだ僕も強くなれると思うんです。
だから走ったり筋トレとかはしてますね。3年くらい前からやってるのは懸垂、スクワット、ブリッジみたいなやつと、こんなの…(体幹トレーニングのフライングドッグ)。背筋を鍛えると腰痛にもいいですからシーズンが終わればやりますね、ほかは年が明けてから。ほぼ毎日するようにしてます。
いける、立てる、と思うこともあるけど、僕が嫌なのは流されたら人のポイントを潰してしまうんですよね。どうしようもないときは仕方ないけど…。今年のジャパンカップくらい水が高くて、サラ場を釣っていかれると厳しいけど、平水であれば、頭を使えば立ち込み勝負でも対応はできると思う。(周囲が)イケイケの釣りになりそうだからこそ、竿抜けもあると思うのでね…。